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2. 戦士堕ち

Author: 霞花怜
last update publish date: 2026-08-19 14:35:45

 魔王軍団長ランドールの仕事は的確で、早い。あっという間にパーティを弱らせ、体力も魔力もエンプティで玉座の間に誘い込んだ。

 魔王の目の前には、魔法で拘束されたパーティの四人が並んでいた。

(人手不足、魔王が想っているより深刻なのかも)

 ランドールの本気が垣間見える。ここまで欲しがる人間というのも、珍しい。

理由は聞くまでもなく理解できた。

「戦士と勇者、賢者のポテンシャル、高いだろ。魔族転嫁したら良い悪魔になるぜ」

 ランドールが得意げに語る。

 確かに喰うには惜しい。特に賢者はパーティの中で一番若いが能力が抜きんでている。

(それに、やっぱりこの子だ)

 魔王の目は勇者に向いた。

 傷だらけで魔王を睨み据える目に、ぞくりとした。

(……美味しそう)

 魔力だけでも舐めてみたい。人間の血は嫌いだが、この魔力が絡んだ血なら啜ってみたい。

「そうだね。いい感じに使えそう。魔印、付けようか」

 前に出ようとした魔王を、ランドールが庇った。同時に、戦士が殺気立った。

「ふざけるな……魔族になど、屈するものか!」

 腹に籠めた魔力で腕を振るう。縛っていた魔法の枷を、弾き砕いた。

「お前を倒して、俺たちは国に帰る!」

 剣を手に戦士が魔王めがけて走り込んだ。

「ガイル兄様! 右です!」

 勇者が戦士に向かって叫んだ。ほぼ同時に、ランドールが真横からガイルに蹴りを入れた。

「なっ……いつの間に」

 ついさっきまで目の前にいたランドールが脇から蹴りつけたのだから、驚くだろう。

「そういうコトなんだよねぇ。人間と魔族の差ってさ」

 魔王は独り言のように呟いた。

運動能力も魔力量も桁が違うのだから、動きだって段違いだ。

 ランドールに蹴り飛ばされて、ガイルの体が吹っ飛んだ。

その先で着地して体制を立て直す。

「やっぱりいいなぁ、お前。俺と一緒に、魔王軍で働こうぜ」

 ガイルが、見えないランドールの姿を探す。

「ぐっ……かはっ」

 気が付いた時には、真上から落ちてきたランドールに踏みつけられていた。ガイルの屈強な身体が床に沈んだ。

「悪くねぇ反応だったぜ」

 ガイルの上でランドールが笑った。腕を抑えられて、ガイルが身動きできないでいる。

「離せ! 正々堂々と勝負しろ!」

「真っ向勝負したら、殺しちゃうだろ。傷付けねぇように優しくしてやったんだぜ」

 ガイルが、唇を噛んだ。才のある戦士だからこそ、力量の差は嫌でも感じ取るのだろう。

「魔族になれば俺にも勝てる。それだけの才能が、ガイルにはあるぜ」

 ランドールがガイルの耳元で囁いた。ガイルの肩が、ビクンと跳ねた。

「聞いてはいけません、兄上! 魔族の甘言に耳を傾けてはなりません!」

 勇者が必死に叫んでいる。

「弟はああいってるけど、お前はどうなんだよ、ガイル」

 ランドールの声が、ガイルの耳の中にするりと入り込む。誘惑の魔術を纏った声音だ。

 ガイルの目が、ボンヤリと力を失くした。

「俺、は……才なんか……兄弟の中でも、一番、ない」

「いいや、お前には才がある。魔族になれば、本当の力が手に入るぜ」

「力……が……」

「兄上! 魔族になど、ならずとも……っ!」

 魔王は勇者の口に封じの魔術を掛けた。口を開けずに黙った勇者が、魔王を睨んだ。

「猶予をやろう。考える時間はたっぷりある。答えは、じっくり出せばいい」

 魔王はガイルの首に手を掛けた。

「ぁ……」

 ガイルが差し出すように顎を上げた。

 魔王の手から黒い光が立ち上る。触れた首に、黒い印が刻まれた。首輪のような刻印が浮き上がった。

「どうする、ガイル」

 ガイルが虚ろな瞳で魔王を見上げた。

「ランドール様が、才があると言ってくれた。魔王様の……奴隷に、なりたい」

 ガイルが忠誠の言葉を口にした。瞬間、ガイルの目に力が戻った。

「俺は、何を言って……ぁっ!」

 じゅっと焼けるような音がして、首の魔印が定着した。

「ランドール、もう放していいよ」

 ランドールがガイルの上から退いた。

ガイルが、ゆっくりと起き上がった。自分の手を見詰めて、魔王を見上げた。

「ダメだ……攻撃、できない。俺の剣はもう、魔王様を守る剣だ」

 愕然として、ガイルが項垂れた。

「希望なら魔印は外してやる。ただし餌として、死体になってからな」

 魔王はガイルを見下ろした。ガイルは肩を震わせたまま、首を横に振った。

「このままが、いい。後悔、していない。俺にも才があるなら、伸ばす余地があるなら、魔族になれば成せるというなら……王族の地位は要らない。……すまない、シャムル」

 ガイルの声は小さかったが、確かな意志を感じた。

 勇者が、ずっと首を振っている。

 魔王は屈んでガイルに視線を合わせた。

「お前が望めば、お前は魔族になれる。首の魔印が染み込んで心臓を焼けば、身も心も魔族だ。あとはお前次第だ」

 ガイルが縋るように魔王を見詰めていた。

(なんか、劣等感とか抱えてそう。この子は当たりだね)

 事情は知らないが、ガイルなりに思うところがあるんだろう。付け入る隙がある人間は魔族を受け入れやすい。

 魔王軍に屈強な戦士が一人、補充できた。

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